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2006年09月25日

姫路営業所勉強会レポート&次回予告

姫路営業所での毎月恒例の勉強会、9月は事例紹介、施工実演、サンプル作成システム紹介など特に盛りだくさんの内容でした。次回予告と合わせ、ぜひご覧ください。

060922takasho.gif左下がLED照明です。(写真がみづらくてすみません)

タカショーさんからは「システムストーン」、LED新商品の説明ほか、「エバーアートウッド」の施工事例をスライドで紹介いただきました。「なるほど、こういう使い方もあるのか」と設計・提案の参考にしていただけたのではないでしょうか。

060922takubo.gif組立実演風景

田窪工業所(タクボ)さんは、物置「Mr.ストックマンダンディ」のミニチュアをその場で組み立てながらの実演説明。説明書だけでは実感しにくい「扱いやすさ」が感覚として伝わる内容でした。

060922mystimage.gif画面イメージ

最後はこの秋からオンリーワンカタログに加わる表札メーカー「マイスト」さん。なんとインターネットでお客様が版下作成できるユニークで画期的なシステムをご紹介いただきました。秋版カタログにもアクセス方法など掲載予定ですので、みなさんもぜひお試しください。

次回予告

2006年10月17日(火) 18:00~19:00

場所:(株)イーエクスナニワ 姫路営業所(営業所案内ページはこちら)

10月は「秋のガーデン祭り」と題しまして、TOEX下記商品の説明会を実施します。

  1. ガーデンラウンジ「ココマ」(姫路営業所にて展示中!)
  2. 人工木材デッキ「樹の木III」
  3. ウッドデッキ積算システム
参加ご希望の方は、FAX(079-245-6766)にてお申込ください。

2006年09月01日

イーエクスナニワ物語(5)~出会い~

前回はブロックメーカーとしての歩みを振り返りましたが、その後弊社は一大転換期を迎えます。

英断
アメリカではブロックが住宅やアパート・ホテル等、多方面に使用されています。日本においても、本来ならもっと色んな所で使われ大きな規模の業界になれたはずですが、残念なことに低価格競争と一部の質の悪い商品が出回ってきていました。そこで、ブロック協会を作り施工体制を確立しようと努力いたしましたが、施工体制が確立されないままどんどん販売され、その為廃業、倒産など多く出て、ブロックメーカーは当時から現在にかけて大変少なくなりました。
弊社のブロックは良質の商品で施工工事も自信をもって行っておりました。昭和35年5月には大阪南部への供給として、松原市に「大和川工場」を開設し、国産マシンでブロック製造を開始しましたが、競争相手の安値攻勢に悩まされ、その上ブロック製造は機械の磨耗も激しく大きな発展は望めないと考え、ついには昭和51年12月に同工場を閉鎖致しました。

信念をもって転換
その頃から、何か他にナニワに適する有望な商売を模索しておりました。
当時、その頃出始めた生コンを大分薦められました。しかし私は、土地もそうとらずに資金があれば機械メーカーとセメント会社の指導で誰でも簡単に経営できる仕事で参入が容易と思い、それだけにまたブロックと同じように価格競争が激しくなるであろうことと、金額も大きくなり得意先への保全が大変という理由で断りました。
このような事から、苦しく辛くとも、人が簡単に真似の出来ない体制、システム作りを行い、平凡な人間が粘り強く努力することにより得意先に信頼され、それ相応の利潤が生み出されるように努力をすべきと考えました。

昭和41年頃ある所からの紹介で、帝都建鉄工業の杉本専務(当時:後の東洋エクステリア創業者)が物干し台のPRに来社されました。物干し台だけではなく、すぐに門扉、フェンスの既製品を作って持って来られるというお話に心をひかれ、契約しました。
teito.gif物干し台の販売は、当時工場勤務の岡部長と宮田次長の2名が担当しましたが、それが「商事部」のスタートになりました。門扉、フェンスについては、その1年程前から機械部の暇な時に作り、ある程度ストックしてから既製品として売り出す予定でしたが、機械部が忙しくなりストップしてしまいました(ちなみにその当時、門扉は鉄工所が現場を測り、工事店の注文でその都度作っておりました)。




teitopart1.gifteitopart2.gif杉本氏が当時手腕を発揮しておられた帝都建鉄は、盛んな住宅着工等の需要に支えられ、物干し台、門扉、フェンス等、現在のエクステリアのもとになる商品を順調に浸透させ、全国の代理店を制覇しておられました。当時はライバルが少ないせいか代理店に対する制約も厳しく、他のエクステリアメーカーの商品も扱いにくい状況でした。自社工場に加え下請業者も増加し、まさに「日の出の勢い」で、全国の代理店が集まる会合も盛大でした。

前兆
teitopart3.gif急成長の中、杉本氏は「アウトピア構想」というものを打ち出しておられました。それは、外部空間のリビング化、門扉・フェンスのスチール素材からの脱却、トータルエクステリアを目指す考え方でした。このため一社で対応するよりも、下請企業群を集めて新会社を作り、物流を帝都が引き受けて効率良く得意先へ流すという構想にまで発展しましたが、これは今考えても立派なもので、そのまま進んでいたら後発メーカーのエクステリアへの参入はスムーズにいかなかったと思います。
しかし結局その構想は、別の結果にいたることになります。
この話は次回にお話します。

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